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庭に咲いた花
 2月19日から、雨水(うすい)に入っています。雪が雨に、氷が水に変えられる季節。固まっていたものを溶かす、神さまの御業(みわざ)です。また、水は空気よりも重いのですが、なぜか雨は空(そら)の上に蓄えられています。しかもその仕組みは、創造の始めからデザインされていたものです。人の頑なな(かたくなな)心さえ打ち解けさせることができるかと思えば、人の世の常識はいとも簡単に覆されることがあり、その御前(みまえ)に人智ははるかに及びもしません。

 「花の美しさ」というのは、うそです。それは言葉だけでできていて、実体がなく存在しません。一方「美しい花」は一つ一つに個性があり、実体を持って現れ、過ぎ去ります。小林秀雄という人が「美しい花はある。花の美しさというものはない。」と言った、まさにそのことです。

 かつて「律法」(りっぽう)というユダヤ民族の規範がありました。ところが時が経つにつれ、人のために存在するはずの「律法」は、神さまから授けられたころの最初の御心(みこころ)を離れ、頑なに守るための「律法」となり、実体のないものへと姿を変えていきました。

 「律法」を今の私たちに置き換えて考えてみましょう。二度となく、またかけがえのない今の私たちの日常を、いつも見失わないようにしたいと思っています。私にとって、それは家族と過ごす時間です。
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楽しいバナナ(神さまからの恵み)
 今日2月4日から、立春(りっしゅん)に入ります。今年は厳しい寒さの中、春を迎えました。2年前の大雪ほどではありませんが、農園のブルーベリーが凍害に遭っていないか心配です。自宅の庭で育てているブルーベリーの苗木は、我が子が外へ出るごとに如雨露(じょうろ)で水やりをしたがるので、愛情いっぱいに育っています。

 さて、我が家では毎月、「家庭集会」を開催してきましたが、私の体調が昨年11月ごろからすぐれず、今年は2カ月に一度の奇数月に開催することになりました。我が家の「家庭集会」では、お仕事の人も参加できるように第3金曜日の19:00スタートで、各自が食べ物を一品持ち寄ります(手作り料理、デザート、飲み物、お菓子、その他なんでも結構です)。まず、感謝のお祈りと共に食べ物を分かち合い、皆で食事の時を持ちます。

 食事後、神さまの恵みに感謝し、皆で2~3曲ほど讃美歌を歌います。その後、再びお祈りを持って、『聖書』の御言葉(みことば)を皆で分かち合います。現在、『聖書』第44巻「使徒言行録(しとげんこうろく)」の7章に入りました。ステファノという人物が命がけで語るメッセージの箇所です。個人的にとても関心の深いところですので、資料提供者である私は、ステファノのメッセージと日々格闘しています。そして、集会の最後も、神さまへの感謝のお祈りを持って終わります。

 私たちキリスト者のこの「家庭集会」は、2000年近く前にはその原形があったことが、『聖書』に記されています。我が家ではクリスチャンではない方も参加されています。お気軽に、この喜びの時を共に分かち会いませんか。参加されたい方は、ぜひご連絡ください。心よりお待ちしています。

「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
                        (『聖書』第44巻「使徒言行録」2章42節)
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樹上の雪2018年
 今日1月21日から、大寒(だいかん)に入ります。先日の降り積もった雪で、辺り一面が白色に変わりました。先月移植したばかりのブルーベリーの苗木の植木鉢にも、雪が積もりました。普段から我が子が母と一緒に、如雨露(じょうろ)で苗木に水やりをしてくれているおかげで、無事に生き延びています。

 この雪景色を見ていると、ふと樹の枝の上に雪がふんわりと載っているのが目にとまりました。水を葉っぱの上に、たくさん載せることはできないでしょう。ところが、水を雪に変えればそれは可能です。神さまはこのようなおもしろい景色をつくり出します。雪の最小単位は六角形をした結晶(けっしょう)です。昆虫のハチのつくる蜂の巣の最小単位も六角形です。火山から出て来て急に冷え固まった溶岩が、六角形の柱の集まりになることがあります。このデザインは、偶然共通項になったのではなく、神さまが始めからこの構造に形作られたのです。

 私は樹の上の雪を見て、面白いと思います。神さまは心楽しくデザインし、創造の喜びを感じたのではないでしょうか。葉っぱは雨を受けても、表で受け流す形にデザインされています。葉っぱは、雨を受けても窒息しないように、裏面の気孔(きこう)で呼吸をします。私たち人間は自然について研究し、いろいろなことを知ります。ところが神さまは、これを寸分の違いもなく、創造の始めからデザインなさっているのです。これを感じることが、私たちの喜びではないでしょうか。

 間もなく春です。その春の前に、大地を一度寒さで引き締め、暖かい春をいっそう温かいと神さまは感じさせてくださるのです。
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我が家の新年の飾り(企画主任作)2018
 今日1月6日から、小寒(しょうかん)に入ります。本格的な寒さの中に入っていきます。太陽の軌道が冬の極みの「冬至」(とうじ)を過ぎましたので、日は少しずつ長くなっています。晴れた日の昼間には、春の気配さえ感じます。

 さて、2018年はどんな年になるのでしょうか。私にとって年をとることは、とても幸せなことです。自分がこんな気持ちになれるようになるとは、若いころには予想もしていませんでした。私にとって年をとることが、なぜ幸せなのかと言いますと、それには一つの確信があるからです。

 それは、神さまの御心(みこころ)に適う生き方ができるようになっていく、という確信です。それを解き明かし、確信を深めてくれるのは『聖書』です。そして神さまからの聖霊を受けた人々、それを受けようとしている人々との交流が、私をその確信へ向かわせてくれます。ですから、これまでの人生とは違った次のような一年の目標を持つことができるようになりました。

 2018年の私の目標
①自分の身の上に、神さまの召しが突如として訪れたとしても、それにすぐにでも応えられるような生活をする。
②『聖書』を読み、聖霊を受ける人々との交流を続け、自分の人生が神さまに導かれているという確信を深める。
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ブルーベリーの苗木2017
 今日12月27日は、企画主任誕生日です。昨年の思いがけない農園の自然災害、途方に暮れていた私たちに突如として訪れた新しい家族、その時選び取る人生の選択肢は迷いのないものでした。雲仙市にある農園を維持しつつ、信仰生活を維持するため、私たち家族が向かった移住先は、長崎市でした。

 それから一年以上がたち、今日の記念日を迎えました。昨年の自然災害に耐えたブルーベリーから取った苗木が、大きくなってきたので、月齢適期に先日、植木鉢を替える移植作業をしました。この苗木たちの成長は、私たちの新たな生活の証しでもあります。大切に農園の新生を育んでいきたいと思っています。

 最近よく思うことは、以前は人生の選択という捉え方でしたが、それは導かれているのだという確信を深めていきたいということです。突然の神さまの召しがあったとしても、それに応えられるだけの信仰を育てていきたいと思います。

 『聖書』第1巻「創世記」に記されているアブラハムの、神さまの召しに応えるあの旅立ちがなかったら、おそらく今の私たちは存在しなかったでしょう。アブラハムのように、突如として神さまの召しが訪れたとしても、それに即座に応えられるよう、今日の誕生日を、補い合いながら成長していく家族の記念日としたいと思います。