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2018年ブルーベリー初収穫の日
 6月6日から、芒種(ぼうしゅ)に入っています。穀物の種をまく季節となりました。日本では梅雨の時期と重なります。この種まきが、私たちの体をつくる糧(かて)となるのですが、この糧をもたらすのは自然です。そして自然を創造されたのは神さまですから、私たちに恵みを与えてくださるのも、私たちを生かしてくださるのも、その源は神さまです。神さまに感謝いたします。

 先日、家族でブルーベリー園に行ってきました。今年の初収穫でした。たわわに実るとまではいきませんが、今年も収穫の喜びを味わうことができました。ブルーベリーはこの梅雨入りの時期から、早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)と順番に実が熟していき、9月中旬ごろまで続きます。収穫したブルーベリーを一粒、我が子にやると、気に入ったのでしょう、何個も食べていました。

 景色を見ると、夏の高く青い空、青い空を映した青い海、光り輝く青い星、青い星に咲いた青い花が心にとまりました。そして私たちにとっては、なんと言っても神さまからいただいた青い実ブルーベリーです。青はとても不思議な色で、私の好きな色でもあります。

 この地球とは別にもう一つの世界があるといいます。「ブルーヘブン」とも呼ばれる青い国です。『聖書』66巻のうちの最終巻「黙示録」(もくしろく)にその描写があります。神さまの国も青色(あおいろ)に輝いているようです。青は、神さまの国の色です。どうやら私たちは、神さまの国をこの地上で少し先取りしているようです。そのことを思うと、私はとても幸せです。
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株式会社ポンパドウルのロゴ
 今日5月21日から、小満(しょうまん)に入ります。夏の陽気が少しずつ満ちてきて、万物が少しずつ充満していく季節になりました。一年間のサイクルで、万物がそのように変化するように、創造の時に造られたのは神さまだと信じています。その神さまに感謝しています。

 私は、朝一番の新鮮な空気を吸うのが好きです。それはもう20年近く続いている起床後のお祈りの時で、その時は神さまと自分との静かな時を過ごします。お祈り後に深呼吸をするのですが、窓から入って来るその日の新しい風を自分に入れるととても心地良く感じます。神さまに日々新しくされる自分が、さらに新しくなるような感じです。神さまに感謝する一日が始まります。

 先日から、株式会社ポンパドウルというところで働かせていただいています。パン屋さんで、私はパン職人の道を歩むことになりました。当分はまだ見習いですが、長崎浜屋店でパンを作っていきます。お店は販売コーナーからパンを作る工房が一部見えていますので、近くまで来られたらぜひ寄って見てください。

 日々、私を新しくしてくださる神さまに応え、私も新しいことに常にチャレンジしていきたいと思っています。私たちは祈りますが、道を示してくださるのは神さまです。とても感謝しています。
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ふくらむ早生種ブルーベリーの果実
 5月5日から、立夏(りっか)に入っています。風薫る中、植物の緑の勢いが盛んになってきました。そこで先日、ブルーベリー園に家族で草刈りに出かけてきました。草の覆いが取れて、ブルーベリーも少しすっきりしたようです。

 ブルーベリーの早生種(わせしゅ)の果実は、もうかなりふくらんでいました。来月の収穫が楽しみです。昨年は、過去にご注文を受けた方々にすべてお送りできませんでした。ですから今年も、まずその方々から優先してお届けさせていただきます。新しくご注文も受け付けたいと思いますが、お届けがいつになるかはまだまだ未定です。ご注文の際は、お電話か、メールフォームからお願いいたします。

 無農薬無肥料の栽培方針に変わりはありませんが、除草は草刈り機を使って、農園の通路を刈るようにしました。草刈りも本当は手作業で行いたいところですが、私たちが現在長崎市在住のため短い時間で除草を行う必要から、やむなく機械除草となりました。ご理解いただけるとありがたく思います。

 農園のブルーベリーたちの回復を祈りながら、今年も栽培を続けて参りますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
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農園のブルーベリー2018年
 4月20日から、穀雨(こくう)に入っています。春の終わりを告げる雨の季節。大地をしっかり潤して、これから緑盛んな夏を迎えます。春雨(はるさめ)が穀物を成長させます。穀物が私たちを養ってくれます。

 この植物を生み出す自然の恵みに、私たち人間は生かされてきました。この自然を造り出したのは、神さまだと私は信じています。植物も人間も相当の数の誕生を繰り返してきましたが、命の終わりとともにまた大地へ帰って行きました。私たちが土へ帰ることができるのは、私たちが土から造られたからです。最初に土で人の形を造ったのは神さまで、その土の塊に命の息を吹き込んだのも同じ神さまです。

主なる神は、土(アダマ)の塵(ちり)で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。           (『聖書』第1巻「創世記」1章7節)

 真理は一見、「解き明かす」というもののように思えます。ところが真理は自然の中に現されていて、いつでも触れることができると『聖書』は教えてくれます。命の息が絶えた動物は、土の中の微生物が分解し、その体を土の一部にしてくれます。しかしそのことは、人間が神さまの業(わざ)を「科学」というもので、後から説明しているに過ぎません。一年の季節を二十四節気(にじゅうしせっき)で言い表すのも、神さまの業(わざ)を観察した結果、見出したものです。

わたしたちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、わたしたちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。 (『聖書』第46巻「コリントの信徒への手紙1」8章6節)

 万物(ばんぶつ)が、神さまの業(わざ)の中に存在し、私たちもその神さまの業(わざ)の中で生かされているのは、私にとっては奇跡と言うほか何も例えようがありません。
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羊のいる風景(家族でのピクニックにて)2018年
 4月16日、続く18日は、入籍結婚記念日です。ちまたでは私たちの歩んできたこの年月を記念して、陶器婚式と呼ぶようです。先日は家族でピクニックに出かけ、心地良い春の日の中、楽しいひと時を過ごすことができました。何より我が子の喜ぶ姿が見られ、とてもうれしく思いました。

 私は小さいころ、自然の中で遊ぶのが好きでした。その泥遊びの延長で、粘土遊びも好きでした。それが大人になり、その延長で陶芸が今でも好きです。粘土を自在に成形し、動物などの陶器のインテリア作品を造ったりします。

  私の賜物(たまもの)とは何でしょう。賜物のことをタラント(タレント)と言って、才能のことを意味する場合があります。しかし賜物は、神さまが一人一人に与えてくださる賜りもの(たまわりもの)と私は信じていますから、才能だけではないと思います。私は絵画や陶芸が小さいころから好きでしたが、果たしてそれが私の賜物(タラント)でしょうか。まだ何か違うような気がします。

 私の賜物は、神さまからまだ与えられておらず、これから新たに啓くタラントのような気がしています。