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白露のころの雲
 9月7日から、白露(はくろ)に入っています。早朝の白露に、この季節からの涼しさが現れています。ようやくはっきりと、昼間の風にも秋を感じます。

 今年のブルーベリーの収穫を終えました。昨年の自然災害を免れた樹は豊作でした。来年も少し樹が回復していることを祈っています。一番うれしかったことは、何といっても家族で農園に通ったことです。これからも我が子には、自然と触れ合う機会をたくさん持ってほしいと思っています。

 朝露に濡れていた地面も昼には渇き、空の雲も形を変えて消えていきます。それはとてもはかないもののたとえのようです。その露も雲も、水でできていいて、水の惑星「地球」の水の総体は少しも変わりません。しかも『聖書』によると、水は天地創造の前から存在し、天地が滅んでも存在していると語られています。植物も、雨によって生じたことが記されています。その雨によって生じた、植物の命をいただく私たちの体も、半分以上は水でできています。

 白露の頃の雲を見ていると、はかないものと永遠のものが、実は一つであることが分かります。『聖書』の冒頭の一部は、こうです。

闇が深淵の上にあり、神の霊が水の上を覆うように舞っていた。
                    (原文校訂訳『聖書』第1巻「創世記」1章2節の一部)
 また、『聖書』の結びの一部は、こうです。

命の水が欲しい者は、無償で飲むがよい。
             (原文校訂訳『聖書』第66巻「ヨハネの黙示録」22章17節の一部)

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