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庭に咲いた花
 2月19日から、雨水(うすい)に入っています。雪が雨に、氷が水に変えられる季節。固まっていたものを溶かす、神さまの御業(みわざ)です。また、水は空気よりも重いのですが、なぜか雨は空(そら)の上に蓄えられています。しかもその仕組みは、創造の始めからデザインされていたものです。人の頑なな(かたくなな)心さえ打ち解けさせることができるかと思えば、人の世の常識はいとも簡単に覆されることがあり、その御前(みまえ)に人智ははるかに及びもしません。

 「花の美しさ」というのは、うそです。それは言葉だけでできていて、実体がなく存在しません。一方「美しい花」は一つ一つに個性があり、実体を持って現れ、過ぎ去ります。小林秀雄という人が「美しい花はある。花の美しさというものはない。」と言った、まさにそのことです。

 かつて「律法」(りっぽう)というユダヤ民族の規範がありました。ところが時が経つにつれ、人のために存在するはずの「律法」は、神さまから授けられたころの最初の御心(みこころ)を離れ、頑なに守るための「律法」となり、実体のないものへと姿を変えていきました。

 「律法」を今の私たちに置き換えて考えてみましょう。二度となく、またかけがえのない今の私たちの日常を、いつも見失わないようにしたいと思っています。私にとって、それは家族と過ごす時間です。

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