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庭木の木漏れ日
 今日8月23日から、処暑(しょしょ)に入ります。勢いのあった暑さも、ようやくやむころとなりました。木漏れ日もなんとなく涼しげです。海の中からゆらゆらと揺れる太陽を見る安らぎも好きですが、木の間に(このまに)揺れる日の光の心地良さも好きです。

 先日も、家族でブルーベリーの収穫に行ってきました。自然の中で、幼い我が子は生き生きとして、ブルーベリーの摘み取りをとても喜んでいました。今年の8月は雨が少なく、ブルーベリーの収穫も早く終わるかもしれません。持ち帰って選果したブルーベリーを、我が子に見せると、ぱくぱくと一気に平らげてしまいました。収穫が続くかぎり、また家族で取りに行こうと思います。

 「私は何をしているのか?」と日々の生活の中には、失われていくように感じる時間があります。ところがそれに反して、私には確かに存在する約束された時間があります。それは聖書に親しむ時間です。私たちキリスト者は、聖書を、神さまの御言葉(みことば)とも呼びます。その御言葉を読み、御言葉に学び、御言葉に生かされる時、私は絶対的な時間を感じます。とてもいやされる不思議な感覚です。言葉に言い表せないのですが、少しだけ永遠を先取りするようなことかもしれません。

 日常生活の中で、命の言葉を受け、神さまとの時間に身を置くとき、今を生きている喜びに満たされます。そのことは、神さまが私たちに直接かかわりを持ってくださっている確かな証拠だと、私は信じています。

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